目次
神への憧れと祈り
悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです
主の偉大な信者は、
神からの離別を嘆き悲しんでいます。
人の内に潜む欠点が、
完徳への達成するのを妨げていることを、
熱心な神の探求者は嘆き悲しみます。
これはよく知られている意味での嘆きとは違い、
涙を流したり、声をあげて泣くことではありません。
このような嘆きには奇妙な喜びがあります。
また大いなる憧れ、
心の底から湧き上がる強力で誠実な祈りが伴うのです。
神の恵みのため、人類のハートへの啓発のため、
そして、主の贖いの知恵が、
地のすべての人間の魂を満たすように願う祈りです。
思い起こしてください。
何も持たない者が祝福され、
そしていかなる欲望も持たないことを。
それでは、いったい何が彼を嘆かせるのでしょうか?
実際のところ、彼の嘆きは憧れなのです。
彼は自分のために何かを達成したいとは思っていません、
ただ人類のお恵みのためだけを望んでいるのです。
「その人は慰められるからです」
確かに、これらの祝福された人々は何度も慰められます。
なぜなら、世には繁栄があり、多くの不義もありますが、
世々に到るまで限りなく、
無数の真実の探求者が生まれ続けてくるからです。
これこそ慰めであり彼らの祈り求めるものであり、
この慰めは主によって与えられます。
そういうわけで、
人類の中で彼らこそ神に祝福されている者たちです。
神は我らの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである。
詩篇46
コメント